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大阪地方裁判所 昭和31年(ワ)1798号 判決

原告 森次郎

被告 西村忠岩

主文

被告は原告に対し、大阪市西成区玉出本通二丁目四九番地、家屋番号第三三番の三、木造瓦葺二階建店舗一棟(建坪一九坪三合四勺、二階坪一三坪二合三勺)の明渡しをせよ。

訴訟費用は被告の負担とする。

この判決は、原告が金一五万円の担保を供するときは、これを仮に執行することができる。

事実

原告の訴訟代理人は、主文第一、二項通りの判決並びに仮執行の宣言を求めると述べ、

その請求の原因として、

原告は昭和二九年七月頃被告との間に、(一)原告は被告のパチンコ遊戯場営業のために原告所有の主文掲記の家屋の使用権を提供して出資し、被告は右家屋で右営業をなし、毎月の営業利益金のうち三分の一を原告に分配し翌月一日かぎりこれを支払う、(二)被告が右支払を一回でも怠つたときは原告は直ちに契約を解除して右家屋の明渡を求めることができる、(三)原告は営業の損失を負担しない、(四)契約の存続期間を同年七月一日から翌三〇年六月末日までとし、特別の事情がない場合にかぎり右期間を更新することができる旨の、原告を匿名組合員とし、被告を営業者とするいわゆる匿名組合契約を結んだ。ところが被告は右家屋で右営業を続けながら、昭和三〇年五月分以降の営業利益分配金を原告に支払わないので、原告は本件の訴状によつて右契約を解除したから右契約は訴状が被告に送達せられた昭和三一年五月一三日に解除せられた。仮に右解除が認められないとしても、被告は昭和三〇年六月から分配金を支払わないばかりでなく、その頃から休業し店舗を閉鎖しており、これは右(四)の特別の事情にあたるので原告は同年六月末日には契約期間を更新しなかつたから、契約は同日かぎり期間の満了により終了した。仮に右終了が認められないとしても、右契約の締結当時被告は少くとも毎月一〇万円以上の営業利益が挙がる旨確言し、原告は毎月確実に利益金の分配が受けられるものと信じ、利益金の分配を得ることを唯一の目的として契約を結んだのに、長期間に亘り全く分配を受けることができないのであるから、商法第五三九条第二項に基き、昭和三一年九月一日の本件口頭弁論期日において契約を解除する。右のいづれにせよ本件契約はすでに終了しているから被告に対し本件家屋の明渡を求める。

と述べ、

証拠として、甲第一から同第四号証までを提出し、証人信濃辰次郎の証言並びに原告本人尋問の結果を援用し、乙第一号証の成立を認め、同第二号証の成立は知らないと述べた。

被告は原告の請求を棄却する、訴訟費用は原告の負担とするとの判決を求めると述べ、

答弁として、

原告の主張事実中本件家屋が原告の所有であり、被告がそこでパチンコ遊戯場の営業を継続していること、及び昭和三〇年五月分以降の営業利益金を支払つていないことはこれを認めるが、その余の事実はすべてこれを争う。被告は原告との間に、原告は本件家屋を評価額四七八、〇〇〇円として出資し、被告は開業に要する店舗の改築、増築部分及び什器その他の設備として金二、八五〇、〇〇〇円相当のものを出資し、開業後の改装費、造作費、従業員の給与、光熱費等営業に要する費用は被告が一時立替えて支払い、その後の営業利益を以てその弁済に充当し、余剰の利益金があればこれを分配することとして共同で本件家屋においてパチンコ遊戯場を経営することを約した。そして開業した昭和二九年七月から翌三〇年一月八日までの間に営業は漸次不振となり被告は営業費用として金五三四、六一三円を立替えて支出したが、原告には利益配当仮払金として合計三五四、七八二円を支払つた。次いで同年同月九日から同年四月までの間には法規の改正により遊戯機を連発式から単発式に入替えねばならなかつた等のため損失が増大し被告は営業費用として一、四五〇、三七九円を立替えて支出し、そのうち五六一、六二三円は売上金から弁済を受け、差額八八八、七五六円は立替分として残存したが、原告には前同様仮払金として合計八〇、〇〇〇円を支払つた。結局被告は昭和三〇年四月末現在で合計一、四二三、三六九円を立替えて支出していながら原告には合計四三四、七八二円を利益配当として仮払している有様であり、同年五月以降営業の計算は損失が続き、利益は生じていないから、原告にその分配をしていないのは当然である。原告は一年間の期間満了により契約は終了したと主張するけれども、一年間という約定は利配分配率を改定する時期として定めたものにすぎず、契約期間は自動的に更新される趣旨であつた。特別の事情というのは被告が理由なく利益を分配せず又は一方的に廃業する場合だけを指すのであるから原告の右主張は理由がない。原告はまた一方的の解約により契約は終了したから本件建物を明渡すべきである旨主張するけれども、もし原告の主張するように本件契約が匿名組合であるならば本件建物に関する権利は出資により被告に帰属しておるはずであり、営業上損失を生じたときは原告も亦その損害を分配すべきことはもとより当然であるから、原告が一方的に解約するならば、原告は先づ前記被告の立替金の二分の一を支払い、その上で本件建物を含む営業用財産全部を処分し、これを原被告が出資額に応じて分配すべきものである。また前記のように営業不振で損失が増大している時期における解約は不当である。原告がもし本件家屋を他に賃貸していたとすれば適正賃料として一か月三、〇〇〇円の二二か月分として六六、〇〇〇円を収益し得るにすぎないのに、前記被告の仮払により原告はすでにその六倍余りを利得している。要するに被告が本件家屋を返還すべき理由は全くなく原告の本訴請求は失当である。

と述べ、

証拠として乙第一、二号証を提出し、甲各号証の成立を認めると述べた。

当裁判所は職権で被告本人を尋問した。

理由

成立に争いのない甲第二号証、証人信濃辰次郎の証言及び原告本人尋問の結果を綜合すれば、昭和二九年七月原被告間に、(一)原告は右家屋をパチンコ遊戯場の営業所として被告に使用させ(二)被告は右家屋で右営業をなし、毎月の営業利益金のうち三分の一を翌月一日かぎり原告の住所に持参して支払い(三)被告が右支払を一回でも怠つたときは、原告は直ちに契約を解除して本件家屋の明渡を請求することができ、(四)契約期間を同年同月一日から翌三〇年六月末日までとし、特別の事情がないかぎり右期間を更新することができる旨の契約が結ばれたことを認めることができ、原告が約旨に従つて本件家屋を被告に提供し、被告はそこでパチンコ遊戯場の営業を続けたが、昭和三〇年五月分以降の営業利益金を被告に支払わなかつたことは当事者間に争いがなく、右利益金の不払により前記(三)の約旨に基き本件家屋の明渡を求める旨を記載した原告の本件訴状が昭和三一年五月一三日被告に送達せられたことは記録上明白である。原告は右送達の日に前記契約は解除せられ、被告は本件家屋を明渡す義務を負うに至つたと主張するけれども、右主張はもとより昭和三〇年五月以降営業利益金が生じていたことを前提とするものであるところ、その事実を認めるに足る証拠がないから右主張は理由がない。

次に原告は、被告は前記のように昭和三〇年六月一日に利益金を支払わなかつたばかりでなく、その頃から店舗を閉鎖して休業し、そのことは前記約旨(四)の特別の事情にあたるので、同月末日には契約期間を更新しなかつたから本件契約は同日かぎり終了し、被告は本件家屋を明渡す義務を負うに至つた旨主張する。そして被告が同年六月中に前月分の利益金を支払わなかつたことは前認定の通りであるけれども、同月中に閉店休業したことを認めるに足る証拠はなく、かえつて原告本人尋問の結果によれば、原告が同年六月に利益金の分配を催告したところ被告は暫らく待つてほしいといい原告はこれを承認したこと及び六、七月は営業を続けていたことが認められ、原告が単に一回だけ利益金の分配を受け得なかつたことだけで契約の更新を拒み得る特別の事情が発生したと解することは到底相当でないから、原告の右主張も亦理由がない。

更に原告は、長期間に亘り本件契約の唯一の目的である利益金の配当を受けることができなかつたので已むを得ず商法第五三九条第二項により本訴において契約を解除し、本件契約には原告は営業上の損失を負担しない特約があつたから、被告はすでに本件家屋を明渡す義務を負つている旨主張する。そして原告は被告に対し、本件家屋をパチンコ遊戯場経営の営業所として使用させることを約して提供したことは前認定の通りであり、更に前掲の各証拠並びに本件口頭弁論の全趣旨を綜合すれば、右営業は対外的には被告単独のものであり、営業上の権利義務等もすべて対外的には被告に専属していることを充分認めることができるから、本件契約は原告を匿名組合員とし、被告を営業者とするいわゆる匿名組合であると解するのが相当である。

また、前認定の契約内容(一)の約旨、本件家屋が現に原告の所有であることが当事者間に争いのないこと、及び前掲甲第二号証によれば、当初の契約中には、その後本件家屋に施される増築部分、造作、諸設備等は完成と同時に原告の所有に帰属する旨の特約のあつたことが認められることを綜合すれば、原告は本件家屋の所有権は自己に留保し、これを使用させることだけを被告に約したのであつて、原告は本件家屋の使用権を出資したものであることを充分認めることができる。そして証人信濃辰次郎の証言及び原告本人尋問の結果によれば、原告は当初本件家屋を被告に売却する意思はあつたが賃貸することは欲しなかつたところ、多数のパチンコ遊戯場を経営しており充分の経験を有する被告が営業利益の三分の一として通常なら毎月二〇万円、少くとも一〇万以上の利益を分配することができる旨確言したので、原告はこれを信じ、毎月相当の分配金を得ることを唯一の目的として右契約を結んだものであることを推認することができ、原告が昭和三一年九月一日の本件口頭弁論期日で解約の意思表示をしたことは記録上明かであり、原告がすでに一〇数か月分に亘り利益の分配を受け得なかつたことは前認定の通りであり、更に被告が右分配をする意思を有しないこともその主張自体によつて明かであるから、右のような場合は前記商法条項の已むを得ない場合にあたり、原告の右解約の意思表示は被告の事情いかんにかかわらず有効であり、右期日かぎり本件契約は終了したといわねばならない。

ところで物の使用権が出資である匿名組合が終了した場合の法律関係を考えると、出資者は常に先づ物の返還を請求することができ、これに対し終了時に営業上の損失があつて使用権の価額が減少しているときには、営業者は出資者に対し減少価額の支払を請求し、それを支払うまでは返還請求に応じない旨の抗弁を提出することができ、出資者が損失を分担しない特約のあるときは、出資者は更にその旨の抗弁を提出して返還を請求することができるものと解するのが相当である。けだし商法第五四一条の規定を使用権出資の場合にあてはめると出資価額の返還は物の返還に相当し、残額返還の義務は出資者に対する減少価額の支払請求に相当すると解し得るばかりでなく、この解釈は契約終了後の計算をする義務は通常営業者が負うと考えられ、出資者にとつて、その計算をすることは比較的困難であると考えられる匿名組合の性質に徴しても、公平の原則に合致し、営業者に対し不当に不利益を課することにもならないと考えられるからである。そして本件で被告は営業上多大の損失計算になつている旨主張しているけれども、右解釈と副う明確な抗弁を提出していないばかりでなく、多額の損失を生じた計算となる点に関する乙第二号証は被告が本件訴訟中に帳簿から摘記したと称しあるいは自己の計算を記載したものにすぎないから直ちにこれを信用することは到底困難であり、被告本人尋問の結果中右の点に関する部分も亦信用することができず他に右事実を証する証拠は何もない。かえつて、前掲甲第二号証によれば、本件契約中には当初開業に要する改装、設備等一切の費用は専ら被告の負担に帰し、それ以後の増加設備、改装費等は原告と協議を遂げた上その消却方法を決定し、それに基いて利益を計算し、また契約期間が更新せられたときは、利益分配率の改正につき協議する旨の約定が含れていたことを認めることができ、被告が独断で支出した開業以後の改装、設備費等が、被告の主張するように直ちに全額売上金と相殺勘定に供し得るものであるかどうかは極めて疑わしいといわねばならない。それ故本件では原告の家屋返還請求を排斥するに足る被告の抗弁は存在しないと断ずるほかはない。

そうすると、原告が損失を負担しない旨の特約があつたかどうかにつき判断するまでもなく、匿名組合契約終了の効果として被告は原告に対し本件家屋を明渡すべき義務を負つていることになるから、原告の本訴請求はこれを正当として認容すべきものである。そこで、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、仮執行の宣言につき同法第一九六条を各適用して主文の通り判決する。

(裁判官 東民夫)

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